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朝鮮通信使 世界記憶遺産に

2017年12月07日 treeman
<朝鮮通信使と藤沢宿>  
朝鮮国信使絵巻下巻正使 
 朝鮮国信絵巻 (対馬歴史民俗資料館蔵)

朝鮮通信使の行列を描く。江戸中期の作品。朝鮮通信使一人ひとりを確かな写実性、細やかな表現力などで描いており、衣装や序列、行列の編成など、その概要を知ることができる 対馬藩主宗家の伝来品。
江戸時代、日本は鎖国政策をとっていましたが、オランダ、中国以外に、朝鮮とは、貿易だけでなく正式な外交関係を継続していていました。それが朝鮮通信使です。徳川将軍の代替わりの際などに、朝鮮王国から日本(徳川幕府)に外交使節として遣わされました。
行路   朝鮮通信使のルート:対馬や江戸を経て、徳川家康が祭られる日光東照宮まで
通信使は、東海道を通行した江戸への往復で9回(往復で18回)藤沢宿に宿泊しています。
通信使は国賓待遇の使節でしたので、大名や公家と同じく宿場の本陣に宿泊しました。使節一行と随行する大名関係者は勢500人を超え、本陣のほか、宿内の主だった旅籠や寺に分宿しました。藤沢宿は、藤沢公民館付近の「蒔田本陣」が宿泊場所でしたが、遺構は残っておらず、文書だけが残されています。通信使接待のために、調達した食材や警備の配置などが詳細に記録されています。
<近隣の村々(高座郡,鎌倉郡,三浦郡など)も人馬役や賄い役に>
三汁十五菜Lcopy 
 朝鮮通信使に供された三汁十五菜の復元模型(松濤園 御馳走一番館(呉市下蒲刈町)所蔵)

通信使一行には格式の高い本膳料理が提供された。
東海大学教育開発研究センタ:馬場教授の資料「朝鮮通信使:寛延使節への「馳走」と相模の村々」(2017/3湘南日韓親善協会講演会)によれば 、藤沢だけでなく、近隣の村々(高座郡,鎌倉郡,三浦郡など)が人馬役や賄い役を割り当てられています。
例えば、藤沢宿の宿泊所準備として、畳、障子の張替え、雪隠(便所)の新築、傷んだ場所の修復など、また、賄い御用として 猪鹿料理(津久井県)御肴御用(三浦郡)その他(鎌倉郡)、旅館働人足(高座郡)など。
海遊録
パネル
1719年(享保四年)の通行の際には、帰路、藤沢宿を通過したのちに沿道から通信使の駕籠に蜜柑が提供され、一行が喉を潤したという友好交流の記録(申青泉「海遊録」)も残されています(図左)。このエピソードは、ふじさわ宿交流館の朝鮮通信使の展示パネル(写真右)にも紹介されています。
<ユネスコの世界記憶遺産に登録が決定>
昨年1月日本と韓国の市民団体(NPO法人「朝鮮通信使縁地連絡協議会」(対馬市)と韓国の釜山文化財団が共同で朝鮮通信使を日韓の平和遺産として、ユネスコの世界記憶遺産に登録申請し、今年十月に登録が決定しました。
申請理由は
「朝鮮通信使は両国が互いに相手を尊重し、対等の立場で交流を継続しようとする意思で実現し、両国関係を長期にわたって安定させ、隣国間として平和な時代を構築した」
ことによります。