藤沢13地区探訪
 

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地区探訪(その9)藤沢地区

 

2012年10月取材/2017年2月更新
地区探訪(その9):藤沢地区

藤沢市内のいろいろな地区を順に紹介しています。第9回目は、藤沢地区を取 り上げました。
藤沢駅周辺に位置する藤沢地区は、市政と商業の中心ではありますが、もともとの宿場町の風情と、門前町の名残も数多く残しています。今回は、戸塚方面 から遊行寺坂を下って藤沢の宿に入り、旧東海道周辺の古い町並みをご紹介し ます。

 

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ひとこと紹介:鎌倉時代に創建された清浄光院(遊行寺)の門前町として栄えた。江戸時代になり東海道五十三次6番目の宿駅とされ、江の島・鎌倉・大山へ の参詣や観光客が多くなって、門前町から宿場町へと大きく発展しました。

主な街並み:明治20年鉄道が開通、藤沢駅の設置により街の中心は駅周辺に移った。市役所など市政の中心が置かれ、店舗・オフィスも多く、駅の南北地区が均等に大きく発展しています。

こんなポイント:地方都市の中心街であると同時に、古くからの緑や里山も大切にされています。翠ヶ丘公園、伊勢山公園は、ちょっとしたハイキングのできる規模の公園です。

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【遊行寺坂】
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遊行寺坂::手が遊行寺箱根駅伝復路の難所
諏訪神社:遊行寺坂中間、東海道を挟み遊行寺本堂と同じ高さに並んだ位置にある。
諏訪神社:遊行寺の鎮守。 信州諏訪大社から勧請
遊行寺坂を下りきると藤沢橋交差点、旧東海道と江の島道の分岐点であった。遊行寺門前は昔の宿場町。鬼平犯科帳(5)「おしゃべり源八」ではこの地区が中心に描かれていて、往時の雰囲気がわかる。

【遊行寺】
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総門(冠木門)表参道四十八段(いろは坂)から本堂へ
本堂:右に一遍上人の像
敵御方供養塔:1416年の戦乱に倒れた多くの武士・軍馬を敵味方隔てなく供養した

 【遊行寺といえば小栗判官と照手姫】  
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 長生院(小栗堂):照手姫が尼となり過ごした草庵。裏庭にゆかりの墓碑などがある。
 小栗判官と家来10人の墓 照手姫の墓
小栗判官と照手姫の物語は、そのプロットとロマンが多くの人を引き付け語り継がれた。
遊行寺は、二人の物語の流れの中の一場面ではあるが、このように並べられた遺物を見ると、実在の人物のような気がしてくる。
【宿場町の名残】
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 現在の藤沢市本町4丁目付近は、旧東海道沿いの地区です。
建物は、昭和初期に建てられた蔵がいくつか残っています。地名も、蔵前、旅籠町、栄町など古くからの街並の歴史を偲ぶことができる。
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飯盛女の墓:みんなで車座になって語り合っているような・・・
常光寺の庚申供養塔
庚申信仰
古来の暦法で、干支(えと)の組合せにより60日に一度巡ってくる「庚申の日」に、三尸(さんし)虫の災いを避け、その夜は眠らずに無病・息災・長寿を願う信仰。17世紀半ばに庶民の間に広く伝わった。藤沢市内には三百数十基の供養塔がある。

旧東海道沿いは宿場町であるとともに門前町でもあったので、少し道から入ると多くの寺社仏閣があります。
庚申供養塔とカヤの大木の常光寺、弘法大師の石仏の荘厳寺、飯盛女の墓のある永勝寺。
 【白旗神社と義経】
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 義経首洗の井戸左の石碑には源義経公首塚とあった。
井戸の中:義経の顔でも浮かんできたら怖いけれど、落葉が降り積もっていた。
 白旗神社社殿左手前に義経鎮霊碑
1189年奥州で討たれた義経の首級は、首実検ののち片瀬の浜に打ち捨てられたが、潮に乗って境川を遡上し白旗神社付近に漂着した。その首を里人がこの井戸で洗い清めて葬ったという伝説。その後白旗神社では、義経を合祀するようになった。

【翠ヶ丘公園・伊勢山公園】
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翠ヶ丘公園:遊行寺の背後の台地にあるゴルフ場のように手入れの行き届いた公園。
伊勢山公園の登り口:石段が延々と続き、高齢者にはとてもきつめのハイキング。
伊勢山公園:、頂上付近。展望台から江の島を見て、公園の反対側の道路を下る手もある。


取材、記事    Arbol Viejo