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湘南の地形の成り立ち:
地球規模では、地球の表面は「大陸プレート」と呼ばれる十数枚の大きな固い岩板におおわれて構成されている。日本全体も、その一つの大きな大陸プレートの岩盤上に存在している。その各プレートが少しずつ移動を繰り返す中で生まれる割れ目・淵より噴出したマグマにより、火山群・島群が作りだされている。その一郡の連なりを「弧」と呼ぶ。日本にはほぼ南北に連なる「本州弧」と「伊豆弧」と呼ばれる火山群・島群が存在する。伊豆弧は、本州弧に500万~400万年前、関東は丹沢山付近で移動し衝突しています。今だ移動を続けており、地球科学的にみて世界的にもまれな重要な場所です。その移動を繰り返す期間は100万年単位です。そのプレート境界に出来た河川が、湘南を流れる「相模川」です。その相模川がもたらす地形の変化、変遷が湘南各所に見られます。そのいくつかを見てみます。
◉えのぽ既掲載;「湘南の地質」展―平塚市博物館 ⇒ こちら も合わせてご覧ください。
江  の  島

湘南を代表する江の島を、地学的に見てどの様にして誕生し変遷を続けて来たのか、眺めて見ます。
江の島は、周囲4km、標高60mほどの陸繋島(海岸近くの島が砂州の発達によって陸続きとなったもの)です。
地球の地形的に言う、相模野台地と多摩丘陵の間を流れる境川(片瀬川)の河口に位置します。
また、島内には平坦な岩場(波食台)、切り立った崖(海食崖)、くり抜かれた海食洞など波による、浸食でできた地形や、潮風の影響でできた面白い風化模様、地殻変動による大小さまざまな断層や河川の影響が現れた地形などを見ることができます。
enoshima overview江の島島内の地理学的な痕跡が見られる箇所    

 出典:国土地理院ウェブサイト 

江の島の地形: 陸とつながる 陸繋島(りくけいとう)
01 nashi1江の島は 今から約9万年以上以前には、島ではなく内陸部の一部であったと言われている。
しかし7~8万年前頃隆起により海上に姿を現し、その後隆起を重ねながら海に浮かぶ独立した島の現在の姿になった。しかしその後、対岸との陸繋砂州が形成され陸地と陸続きの状況となり独立した島では無く 陸繋島(りくけいとう)となった。
トンボロ(陸繋砂州)
01 nashi1

江の島につながるトンボロ(陸繋砂州): 海岸近くに島があると, 沿岸流によって運ばれてきた砂が陸地と島の間に堆積し,細長く低平な砂州を形成して両者をつなぐ。つないだ砂州を陸繫砂州(トンボロ)という。 古来江の島は引き潮の時のみ洲鼻(すばな)という砂嘴(さし)が現れて対岸と地続きとなっていた。関東地震で島全体が隆起して以降は地続き傾向にあり歩いて渡ることができる状況が増えている。また砂嘴の位置も移動しており、江の島側で2000年代初頭に比べやや東に移動しており、満潮時には冠水する。
海食崖
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サムエルコッキング園がある江の島山頂から 「山二つ」と呼ばれる江の島が大きく二つに分かれている事が判る。山を通り下った南側部の海に面した個所では波の侵食作用で岩が削られ、急な崖(海食崖)が形成されている。海の南側からの舟上から見る事が出来る。
南海岸の海食洞 岩屋洞窟周辺
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岩質が弱い部分では、波による侵食が進み波食窪(ノッチ)や海食洞(海蝕洞 かいしょくどうとも記す)が形成される。 江の島南海岸にある 岩屋洞窟は今から約6000年前頃から、葉山層群の砂岩や泥岩層の断層に沿って波による波食が進んだもの。150m以上の奥行きを持った海食洞である。島のまわりには他にもこのような海食洞がいくつもあり、波食が進行したことがわかる。
南海岸の波食台 稚児ヶ淵とその周辺
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波食台とは、切立った海岸の崖も海岸浸食が進むと、崖がくずれて後退し前面に磯波で平らに削られた岩盤の面ができる。結果として崖が浸食されてできた土砂が体積し、浸食が起きた場所に台地の基盤が形成される。波食台は浅い海底でできるが、土地が隆起すると,岩石の海岸段丘となり海水で覆われる事もある。
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記事編集に際しては諸権利等に留意して掲載しております。   markenopo 2021年9月15日