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第4回耕余祭―講演会と見学

2018年9月23日  (ITAZU)
明治地区歴史巡りの一環として第4回耕余祭が開催され、講演会と耕余塾などの見学が行われた(2018年9月16日(日))。耕余祭は年一度に実施され、今回は4年目を迎える。
kokouji 1耕余祭実行委員長の三觜清次氏から旧三觜八郎衛門家住宅の説明を受ける参加者   
耕余塾は、明治時代初め、「相州第一の高等学術府」として誉れ高い私塾で、元内閣総理大臣の吉田茂をはじめとして政治、実業、教育の各界へ数多の人材を輩出し、明治の近代化に大いに貢献したことで知られる。
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◆寒川文書館館長 高木氏(写真左)の講演では、耕余塾に学んだ寒川の人々が、地域でどのような活躍をしたかを、寒川小学校初代校長だった皆川寛、寒川酒造を設立した長崎和清を事例に、寒川の地域に与えた影響などを紹介しただいた。耕余塾塾生名簿など資料から寒川出身者の卒業後の経歴を追跡され、当時の耕余塾の地域への影響などを伺い知ることができた。
◆散策では耕余塾ゆかりの地をめぐりながら、旧三觜八郎右衛門家住宅の内部見学が行われた。下記は、見学コースの、耕余塾の跡地(写真上)と初代塾長:小笠原東陽、二代目塾長:松岡利紀の墓(写真下)など。

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三觜八郎郎右衛門は、明治5年に儒学者小笠原東陽を招いて耕余塾を開いた人で、旧三觜家写真下記)は、耕余塾に隣接する広大な敷地に、今なお母屋や門、石塀、庭園などによる屋敷構えが残されている。
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現在、この旧三觜家にてパネル展「明治・大正・昭和~吉田茂から三觜家への手紙」が
9月15日~2019年1月23日迄(毎週水・土)開かれている。

耕余塾の卒業生であった元内閣総理大臣吉田茂は、11歳から約5年間(明治22年~27年)在籍していた。当時は、小笠原東陽没後、松岡利紀が塾長を継ぎ明治23年耕余義塾と改称し、当時の慶応義塾から多くの外部教授を招いて英語,洋学など新しいカリキュラムを取り入れた頃である。
若き日に三觜八郎郎右衛門にあてた書状に「錦地(耕余塾のあった羽鳥の地)は小生の第二の故郷」と記されている。
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三觜家当主と吉田茂の写真パネルおよび色紙 
 
markenopo 2018年9月26日