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善行雑学大学「まちづくりとトイレ」

2018年11月26日(取材・記事:Tanbakko)
善行雑学大学で『「まちづくりとトイレ」~都市デザインの実践とトイレ談義/その歴史と2020年に向けて~』という講演を聞きました。講師は、神奈川大学名誉教授の高橋志保彦氏。善行雑学大学には9年ぶり2回目の登壇です。
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1950年代、都市に集まる人間の生活空間を大切に考える「都市デザイン」の新しい流れが欧州を中心に起こりました。歩行者空間と都市景観を整備するという流れです。日本でも1960年代後半から「都市デザイン」の議論が始まり、横浜では全国に先駆けて行政と市民と専門家が協働して取り組む「都市デザイン行政」が実践され着実に成果を上げてきました。

講師の高橋名誉教授は「市営地下鉄1号線」「馬車道計画」「吉田橋復元」「野毛計画」「開港広場」「山下公園通り」「山下公園拡張計画、海岸柵、ベンチ」をはじめ、いくつかの都市整備のデザインに参画してきました。この分野の草分けの仕事で苦労も多かったとのことです。
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馬車道ガーデンストリート
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開港広場
続いて「トイレ談義」へと話が進みます。

人が集まるところにはトイレが必要で、トイレが無ければ人は集まりません。そしてトイレは「安全」と「清潔」が必須条件であり、都市デザインとも密接な関係があります。

1985年当時、公衆トイレは「汚い」「くさい」「暗い」「こわい」という“4K”の代表でした。公衆トイレを何とか綺麗にしようと「日本トイレ協会」を発足させて活動を開始、いまや日本の公衆トイレは世界に誇れるようになりました。

横浜は近代公衆トイレの発祥の地です。開港期の横浜では立小便する人が多く、外国人はその行為を嫌いました。明治4年(1871年)には4斗樽を使った路傍便所も作られましたが、これは江戸時代からあったものです。浅野総一郎は神奈川県から融資を受けて「公同便所」63か所を明治12年(1879年)に作りました。これが日本で初めての近代公衆トイレでした。

1980年代に入って横浜市は全国に先駆けて、当時としては斬新で清潔な公衆トイレを作り、全国の都市の模範となりました。
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日本の公衆便所のルーツは桃山時代
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横浜は近代公衆トイレの発祥の地
 
講師によるトイレ談義がもう少し続きます。

日本列島は地震・台風など災害が多発する地域です。特に、南海トラフ地震と首都直下地震は30年以内に80%の確率でやってくると言われています。大災害発生とともに水道・下水・電気なしの「原始時代」に戻ってしまいます。食料品の備蓄はしていても、トイレの備蓄をしているのはたったの15%強です。「簡易トイレ」「携帯トイレ」の備蓄を進めていざという場合に備えることが求められています。
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今や年間3000万人とも云われる外国人が日本を訪れるようになりました。また2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。世界には多様な民族と多様な宗教がありトイレの使用方法もいろいろです。日本のトイレは、都市のインフラ整備やメーカーの技術革新もあってハイテク便器が使用されるようになりましたが、更に多様な民族や宗教に対応できるような対策が求められています。今後とも「みんなが楽しく歩ける街とトイレ」を目指して、互いの文化を尊重し情報交換を密にしていくことが肝要です。「国際トイレネットワーク」の構築も今後の大きな目標であり課題です。

最後に講師が設計監修に携わった「東名高速道路日本平PA」と「新東名高速道路清水PA」のお手洗い作品を紹介して講演を終了しました。「新東名高速道路清水PA」のトイレ作品は、日本トイレ大賞(内閣府)を受賞しました。
 
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東名高速道路日本平PA
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新東名高速道路清水PA(日本トイレ大賞を受賞)
【講演を聞いて】
 横浜のまちづくりの話からトイレ談義まで内容豊富な講演でした。コラムで詳しくは触れませんでしたが、日本のトイレの歴史も興味深いものがありました。日本の公衆便所のルーツは桃山時代にまで遡れます。宣教師フロイスは「欧州に比べて清潔」とその著書に記しているそうです。

 日本トイレ協会のHP(https://j-toilet.com/)を拝見しましたが、シンポジウムや各種研究会、グッドトイレ推進運動など多彩な活動が行われています。トイレというのも奥が深いものだなあと思いました。
 
   
markenopo 2018年11月26日