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善行雑学大学『湘南の関東大震災~台風通過後に起きた大地震』

2019年12月23日(取材・記事:Tanbakko)
12月15日に開催された善行雑学大学第247回講座のテーマは『湘南の関東大震災~台風通過後に起きた大地震』でした。講師は蟹江康光氏(ジオ神奈川代表・理学博士)で、専門は地質学・古生物学・災害学です。善行雑学大学には6回目の登壇です。また、講演の後半は蟹江由紀氏が担当されました。
講演は、大船から熱海までの鉄道沿線の震災被害の写真をもとに湘南地域の被害状況を説明するとともに、後半部分では蟹江夫妻が遭遇した北海道胆振中東部地震の体験もお話しいただきました。
kanie 1講師の蟹江氏は善行雑学大学には6回目の登壇です 
 
関東大震災は、1923(大正12)年9月1日11時58分に起きた相模湾を震源域とする大正関東地震による震災をいいます。ちょうど低気圧(当時、台風の定義はなかった)が本州を縦断している最中に起きた大地震のため、強風による火災延焼や前日の豪雨による土砂災害の誘発など、被害をより甚大なものにしました。
kanie 2低気圧が本州を縦断している最中に大地震が発生したため、被害がより甚大なものになりました。
大正関東地震の震源域は相模湾で東京は震源域から少し外れています。しかし関東大震災の被害というとまずは東京の被害が語られますが、東京の被害は火災によるものが大半です。震源域に含まれる神奈川県、特に横浜市や湘南地域は、家屋倒壊、火災、津波、土砂災害・地盤液状化など被害も多岐にわたっています。
kanie 3神奈川県はすっぽりと震源域に含まれています
講演では、大船から熱海までの被害状況について多くのスライドをもとに説明していただきました。
湘南地域の震災は、津波、家屋倒壊、土砂災害・地盤液状化が主なものでした。
大船停車場や藤澤停車場は全壊、藤澤駅で貨物列車が脱線し、大磯では列車が脱線転覆しました。相模川(馬入川)や柏尾川下流流域では地盤が液状化しました。
馬入川鉄道橋と酒匂川橋梁は崩落し、根府川駅では土砂災害で列車と停車場が白糸川沿いの民家とともに海まで押し流され、500名以上の人たちが今も行方不明のままとなっています。
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相模トラフ以東の小田原~腰越海岸の海岸は地盤が隆起しました。三崎や城ヶ島海岸は一時的に5メートルくらい隆起してそれから沈下しました。城ヶ島は今でも1.8メートルくらい隆起しています。二宮、大磯も隆起しました。地盤が隆起したため津波被害は比較的少なかったと言えます。逆に相模トラフの西側は地盤が沈下し、熱海では遡上して15メートルくらいの津波に襲われました。
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講演の最後に、蟹江夫妻が遭遇した北海道胆振中東部地震の体験をお話しいただきました。北海道大学で開催された「日本地質学会札幌学術大会」に出席していたときに起こった大地震でした。
風邪で咳が止まらず救急患者として北海道大学病院でトリアージ体験をしたお話しや、大規模停電に見舞われた札幌市内の様子、また地盤液状化調査に行ったところ、帰りのタクシーがつかまらず徒歩で新札幌まで歩いて帰った体験などをお話いただきました。
また、旅先で地震などの災害に遭遇したときに大切なことをいくつかお話しいただきました。例えば、「お薬手帳は必ず持ち歩くこと」、「路上給水にはペットボトルか水筒が必要なこと」といったことです。
kanie 9北海道胆振中東部地震の体験をお話しいただきました。
  
【講演を聞いて】
大正関東地震がちょうど低気圧(当時、台風の定義はなかった※)が通過した翌日に起こったことが被害をより大きなものにしたことを初めて知りました。東京や横浜の火災も強風の影響が大きかったこと、また大雨による土砂災害も低気圧の影響が大きかったことがよく分かりました。「複合災害」の恐ろしさを改めて感じました。後半の北海道胆振中東部地震のお話しは体験した人ならではの臨場感あふれるお話しでした。
※講師から、当時は台風という定義はなかった、と教えられました。ウィキペディアを見ると、日本で「台風」という呼称・表記が定まったのは1956年(昭和31年)のことであると書いてありました。

善行雑学大学のホームページ⇒https://zengyo-zatsugaku.jimdofree.com/
  
記事編集に際しては諸権利等に留意して掲載しております。   markenopo 2019年12月23日