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<時代背景>
★頼朝は、平氏との合戦を通じて東国に基盤を置く武家政権を築いてゆきまます。諸国に守護地頭を設置し、平氏の権限を完全に吸収しました。
★平氏打倒後、頼朝は、義経がかくまわれていた奥州藤原を、制圧し、征夷大将軍となりました。
★征夷大将軍の権威権力を誇示し、関東情勢を視察するため、信濃、那須野、富士野などで狩猟行事をたびたび主催し、関東御家人の統制を強化しました(曽我事件や頼朝の弟範頼の誅殺など)
★他方、東大寺大仏殿供養の儀や娘大姫の入内の打診、嫡男頼家のお披露目などで入京するなど、朝廷との関係も強化し次世代の鎌倉殿の継承を画策していました。
★大姫の急死もあり、継承体制不十分なまま、頼朝は、相模川橋の落成供養列席の帰路、落馬し急死します。
<ゆかりのスポット>                    各スポットの詳細はこちら ⇒ 3a

鶴岡八幡宮
❶鶴岡八幡宮( 源氏の守護神を祀る神社:頼朝が鎌倉に入った時、由比から現在の場所に遷す)
江ノ島弁財天、奥津宮鳥居 (頼朝、弁財天を勧請し奥州征伐祈願)
西行歌碑(東大寺大仏の勧進のため平泉へ行く西行上人と頼朝のでの出会い:大磯ー辻堂ー藤沢ー鎌倉)
義経首洗井戸、白旗神社(義経の首を洗ったいわれる井戸と鎮霊の碑)
❺大蔵幕府旧跡頼朝は大蔵に御所を構え、政治を執る:鎌倉)
❻永福寺跡(奥州制圧後将兵鎮魂の寺として頼朝が建立:鎌倉)
長後天満宮(渋谷重国の館址:長後から綾瀬を拠点とする、頼朝の有力御家人)
三島明神頼朝が勧請し藤沢清親が奉行した神社、「藤沢」地名の由来説)
神明大神宮(懐島館址)(大庭景親の兄、懐島景義の拠点:茅ヶ崎円蔵)
柄沢神社(頼朝が、鷹狩の時立ち寄り祈願していた鎌倉街道上道沿いの神社)
虎御石(延台寺)(曽我兄弟の兄十郎の愛人、虎御前が兄弟の菩提を弔った寺:大磯)
相模川橋脚(頼朝、この橋の渡り初めをした帰路、落馬)

<その頃の出来事>
  1182 頼朝祈願により文覚弁財天を勧請
  1185 諸国に守護地頭を置く
  1189 奥州制圧、義経殺害
1192 頼朝征夷大将軍
1193 頼朝弟範頼を誅殺
1195 東大寺供養
1199 頼朝死す
 
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<時代背景>
★頼朝の死後、2代目頼家を13人の有力御家人の合議制で支える体制が発足しましたが、幕府の政局は荒れました。梶原景時の変、比企の乱、頼家の暗殺があり、武蔵国の畠山重忠の死、時政と妻牧氏の陰謀など事件が相次いで起き、実朝、政子、義時の新体制となりました。
★そして、頼家の遺児を擁し義時を討たんとした泉親衡の乱をきっかけに、相模武士が多く関係した和田の乱が起こりました。相模の古豪武士と新興の北条の熾烈な戦いで、藤沢の主軸であった大庭氏(懐島)は敗れ、武蔵国に続き相模国も北条氏の支配地となりました
★実朝は、歌人としても朝廷との結びつきを深め、また渡宋を企て唐船を建造するなど新体制の将軍としての施策を進めようとしますが、頼家の遺児、公暁により暗殺され源氏将軍は3代で途絶えました。
★北条義時の執権職の武家政権の打倒を目指し、後鳥羽上皇による承久の乱がおこりますが、北条は、東国御家人を動員して朝廷を破り、実質的な武家政権の支配を実現しました。第4代の将軍として摂家から藤原頼経を迎えましたが、義時は急死し、泰時に引き継がれます。
<ゆかりのスポット>                    各スポットの詳細はこちら ⇒ 4a
                               頼朝の墓
梶原景時館跡寒川一宮)御霊神社鎌倉深沢)
⓮妙本寺比企能員邸址:鎌倉)
長福寺(和田の乱のきっかけを作った泉小次郎ゆかりの寺:横浜、泉区)
⓰和田塚(和田義盛一族の墓:江ノ電「和田塚」鎌倉)
船玉神社(源実朝の宋船建造ゆかりの神社:藤沢「大鋸」)
⓲寿福寺(政子が開基、栄西が開山した禅寺。政子、実朝の墓:鎌倉)
雲昌寺(義時が開基した寺:藤沢「六会」)
⓴新宮神社後鳥羽上皇等、承久の乱敗者の鎮魂の神社:鎌倉、八幡宮裏山)
21白旗神社、法華堂跡(頼朝、義時をはじめ大江、毛利、島津、三浦一族の墓:鎌倉、大蔵幕府跡の裏山)

<その頃の出来事>
  1200 梶原景時の変
  1203 比企能員の変
  1205 畠山重忠の乱
  1205 牧氏の変
  1213 和田合戦
1216 実朝宋船を作る
1219 実朝殺害さる。
1221 承久の乱
1224 義時死す

本特集の作成に当たっては、下記の文献などを参照しています。
◆「藤沢―わがまちのあゆみー」児玉康太編◆「相模のもののふたち」永井路子(有隣堂新書)◆「躍動する中世」五味文彦(小学館)◆「北条氏の時代」本郷和人(文春新書)◆「源氏将軍断絶」坂井孝一(PHP新書)◆「鎌倉時代の勉強をしよう」玉川学園(Webサイト)◆「山川日本史小辞典」(山川出版社)◆「鎌倉寺社122を歩く」槇野修(PHP新書)、◆ウイキペディアなど他多

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<時代背景>
★頼朝は、平氏との合戦を通じて東国に基盤を置く武家政権を築いてゆきまます。諸国に守護地頭を設置し、平氏の権限を完全に吸収しました。
★平氏打倒後、頼朝は、義経がかくまわれていた奥州藤原を、制圧し、征夷大将軍となりました。
★征夷大将軍の権威権力を誇示し、関東情勢を視察するため、信濃、那須野、富士野などで狩猟行事をたびたび主催し、関東御家人の統制を強化しました(曽我事件や頼朝の弟範頼の誅殺など)
★他方、東大寺大仏殿供養の儀や娘大姫の入内の打診、嫡男頼家のお披露目などで入京するなど、朝廷との関係も強化し次世代の鎌倉殿の継承を画策していました。
★大姫の急死もあり、継承体制不十分なまま、頼朝は、相模川橋の落成供養列席の帰路、落馬し急死します。
<ゆかりのスポット>
       各スポットの詳細はこちら ⇒ 
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鶴岡八幡宮
❶鶴岡八幡宮( 源氏の守護神を祀る神社:頼朝が鎌倉に入った時、由比から現在の場所に遷す)
江ノ島弁財天、奥津宮鳥居 (頼朝、弁財天を勧請し奥州征伐祈願)
西行歌碑(東大寺大仏の勧進のため平泉へ行く西行上人と頼朝のでの出会い:大磯ー辻堂ー藤沢ー鎌倉)
義経首洗井戸、白旗神社(義経の首を洗ったいわれる井戸と鎮霊の碑)
❺大蔵幕府旧跡頼朝は大蔵に御所を構え、政治を執る:鎌倉)
❻永福寺跡(奥州制圧後将兵鎮魂の寺として頼朝が建立:鎌倉)
長後天満宮(渋谷重国の館址:長後から綾瀬を拠点とする、頼朝の有力御家人)
三島明神頼朝が勧請し藤沢清親が奉行した神社、「藤沢」地名の由来説)
神明大神宮(懐島館址)(大庭景親の兄、懐島景義の拠点:茅ヶ崎円蔵)
柄沢神社(頼朝が、鷹狩の時立ち寄り祈願していた鎌倉街道上道沿いの神社)
虎御石(延台寺)(曽我兄弟の兄十郎の愛人、虎御前が兄弟の菩提を弔った寺:大磯)
相模川橋脚(頼朝、この橋の渡り初めをした帰路、落馬)

<その頃の出来事>
  1182 頼朝祈願により文覚弁財天を勧請
  1185 諸国に守護地頭を置く
  1189 奥州制圧、義経殺害
  1192 頼朝征夷大将軍
  1193 頼朝弟範頼を誅殺
  1195 東大寺供養
  1199 頼朝死す
 
 
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<時代背景>
★頼朝の死後、2代目頼家を13人の有力御家人の合議制で支える体制が発足しましたが、幕府の政局は荒れました。梶原景時の変、比企の乱、頼家の暗殺があり、武蔵国の畠山重忠の死、時政と妻牧氏の陰謀など事件が相次いで起き、実朝、政子、義時の新体制となりました。
★そして、頼家の遺児を擁し義時を討たんとした泉親衡の乱をきっかけに、相模武士が多く関係した和田の乱が起こりました。相模の古豪武士と新興の北条の熾烈な戦いで、藤沢の主軸であった大庭氏(懐島)は敗れ、武蔵国に続き相模国も北条氏の支配地となりました
★実朝は、歌人としても朝廷との結びつきを深め、また渡宋を企て唐船を建造するなど新体制の将軍としての施策を進めようとしますが、頼家の遺児、公暁により暗殺され源氏将軍は3代で途絶えました。
★北条義時の執権職の武家政権の打倒を目指し、後鳥羽上皇による承久の乱がおこりますが、北条は、東国御家人を動員して朝廷を破り、実質的な武家政権の支配を実現しました。第4代の将軍として摂家から藤原頼経を迎えましたが、義時は急死し、泰時に引き継がれます。
<ゆかりのスポット>
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                               頼朝の墓
梶原景時館跡寒川一宮)御霊神社鎌倉深沢)
⓮妙本寺比企能員邸址:鎌倉)
長福寺(和田の乱のきっかけを作った泉小次郎ゆかりの寺:横浜、泉区)
⓰和田塚(和田義盛一族の墓:江ノ電「和田塚」鎌倉)
船玉神社(源実朝の宋船建造ゆかりの神社:藤沢「大鋸」)
⓲寿福寺(政子が開基、栄西が開山した禅寺。政子、実朝の墓:鎌倉)
雲昌寺(義時が開基した寺:藤沢「六会」)
⓴新宮神社後鳥羽上皇等、承久の乱敗者の鎮魂の神社:鎌倉、八幡宮裏山)
21白旗神社、法華堂跡(頼朝、義時をはじめ大江、毛利、島津、三浦一族の墓:鎌倉、大蔵幕府跡の裏山)

<その頃の出来事>
  1200 梶原景時の変
  1203 比企能員の変
  1205 畠山重忠の乱
  1205 牧氏の変
  1213 和田合戦
  1216 実朝宋船を作る
  1219 実朝殺害さる。
  1221 承久の乱
  1224 義時死す

本特集の作成に当たっては、下記の文献などを参照しています。
◆「藤沢―わがまちのあゆみー」児玉康太編◆「相模のもののふたち」永井路子(有隣堂新書)◆「躍動する中世」五味文彦(小学館)◆「北条氏の時代」本郷和人(文春新書)◆「源氏将軍断絶」坂井孝一(PHP新書)◆「鎌倉時代の勉強をしよう」玉川学園(Webサイト)◆「山川日本史小辞典」(山川出版社)◆「鎌倉寺社122を歩く」槇野修(PHP新書)、◆ウイキペディアなど他多