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「藤沢今昔」
~辻堂駅周辺の移り変わり~

 

「昭和の藤沢」の写真と現在の様子を撮った写真を対比した「藤沢今昔」シリーズの第8回目は、東海道線辻堂駅周辺の変貌を取り上げました。
なお、「昭和の藤沢」の写真は、電子博物館みゆネットふじさわ、その他で閲覧した藤沢市所有の写真を掲載させていただきました。

辻堂駅は1916年(大正5年)に開設されました。大正の初め頃、辻堂地区は半農半漁村で、海岸まで松林が続く静かな村でした。今の辻堂団地周辺は当時旧海軍の演習地で、千人近い軍隊が交代で訓練していました。
下の写真は、辻堂駅南口階段下にある辻堂駅開設記念碑とその由来が書かれている碑です。
由来文には「辻堂駅の開設は全国でも類のない地元請願駅で、駅舎用地と建設資金を地元有志が提供し、当時の鉄道院総裁に強力な設置運動を展開した結果実現した」事が記されています。

 辻堂駅開設記念碑 平成22年1月
辻堂駅開設記念碑 平成22年1月

駅舎が開設されたことにより、駅周辺から海岸部にかけて開発が進み、知名人の別荘も建つようになりました。辻堂駅開設当初の乗降客は1日平均225人、昭和6年で1,500人程度、昭和52年になると50,000人に増えています。
別荘や住宅の増加、駅周辺への工場進出とともに、商店も増え、辻堂駅南口の商店会は客でにぎわうようになりました。

下の写真は辻堂駅南口を出た東側の商店街で、昭和24年「辻堂銀座会」という名称で設立されました。現在は「湘南銀座商店街」という名称で呼ばれています。

辻堂駅南口 昭和27年辻堂駅南口 平成22年1月  

下の写真は辻堂駅南口を出た西側の商店街で、現在は「湘南辻堂商店会」という名称で呼ばれています。

辻堂駅南口 昭和34年頃辻堂駅南口 平成22年1月  
   
 

昭和52年に、辻堂駅開設以来の大改築が行われ、その年の11月に橋上駅舎が完成し、南北自由通路もオープン、それまでの南口、西口(共に駅の南側にある)に加え、北口も開設されました。それまでは、北側の駅利用者は西側の歩道橋をを渡って西口に行くか、東側の踏切を渡って南口に行く必要があり、かなりの遠回りを余儀なくされていました。

下の写真は、辻堂駅西口で、昭和28年当時は北側からの歩道橋はありませんでした。
現在は、湘南CX(シークロス)の開発に連動して西口歩道橋の改造が進行中です。

辻堂駅西口 昭和28年辻堂駅西口 平成22年1月

下の写真は、辻堂駅北口広場です。現在の北口広場は、湘南CX(シークロス)の開発に連動して再整備され、平成21年5月に新しく北口交通広場としてオープンしました。

 辻堂駅北口 昭和50年代辻堂駅北口 平成22年1月

昭和11年に設立された関東特殊製鋼(カントク)は辻堂駅北口に本社工場がありましたが、2002年(平成14年)に撤退を表明しました。湘南C-X(シークロス)はカントクの跡地を利用転換し、辻堂駅北口を中心にした多様な機能を持つ都市拠点の形成を目的に、都市再生機構が藤沢市と共働で整備を進めている一大再生事業の名称です。既に、平成21年5月に北口広場や街路などが完成、産業関連ゾーンに進出した企業の本社、研究所の進出を踏まえて一部街開きを行いました。
湘南C-Xの中核をなす都市型多核モール(大型商業施設開発)は、今秋に建設が着工し、2011年(平成23年)秋ごろのオープンを目指しています。
下の写真は、辻堂駅北口にあった関東特殊製鋼(カントク)と、その跡地です。

関東特殊製鋼 昭和30年頃取壊し前の関特工場 平成16年3月関特跡地 平成22年1月
路はほとんど完成した湘南C-Xの写真です。手前の整備された広い空き地に大型商業施設が建設される予定です。
   
   

(湘南ふじさわシニアネット 2010-03-11)